ピアノの『練習が』嫌いを解消する視点
ピアノは好き、弾けるようになりたい。
でも、今週は忙しくて全然練習できなかった……。
そんな時、「先生に怒られるかも」とレッスンに向かう気持ちまで重くなりますよね。
安心してください。私は、練習してこなかったことで怒ることはありません。
レッスンで「どのくらい弾いた?」とはよく聞きます。
でもそれは、責めるためではなく、上達のための「打率」を計算するためです。
・・・ということもお伝えしながら
今の練習量でここまで弾けているなら、この曲を弾くのは案外この人には易しいかもなぁ。 とか、
逆に
譜面の難易度は変わらないのにソリがあってないのかも知れん。。。とか
そんなことを練習量と弾いてもらった感じからインプットして
あと〇〇の練習を〇回プラスすれば、来週にはこのフレーズが出来上がるよ。
とお話ししています。
練習が面倒に感じるのは、本当に楽しくないのかというと違うんだろうなと思います。
だって、生まれつき音楽がメチャクチャ嫌いって聞いたことないし、
第一、音楽には幸せホルモンを出す力があるんですから。
それに、少しでも練習をしてみた、練習しようと思いはした、ということは少なくとも弾けるようになりたい気持ちはあるのに・・・
それを潰したくないなと思っています。
練習に気が乗らないのはやる気がないからではありません。
やってみてもできなくて「いつできるかわからない、これ以上どうすればいいのかわからない。」そんな
出口のないトンネルを歩かされているようで、心が先に折れちゃうんですよね。
とりあえず力技の解決法で何百回も弾くなんていう私のようなキチガ・・・タイプはまた別として。
そういうタイプは『一応は』練習するのでね。身が入っているかは別・・・
ただただ『練習しなはれ』ではなく、
「身体のこの部分を意識して3回弾けば、こう変わる」
「練習の時に曲と関係ないけど、この指を動かすエクササイズを2回ずつやると何故かよく指が動く。」
という具体的な光が見えれば、ピアノの練習は自分でも成長を実感できて楽しくなりますよね。
なので、練習量と今の状態からそうした一旦のゴールをお伝えするためにどのくらい弾いた?を聞いています。
もちろん物理的にも心的にももっと楽に上達します。
それに、しょっちゅどのくらい弾いた?を聞かれて、
忙しそうだからここだけやってれば大丈夫、とか
次はこれ試してみて、しか言われない、そんな経験をピアノではして欲しいなと思うんです。
頑張って練習していたら素晴らしいし、できていなくてもレッスン中集中すれば、大丈夫。
コツコツ続けることが結局一番弾けるようになるんですもん。
ピアノをお箸や字の練習のように、当たり前の習慣にするまでは、
ある程度練習をすることをスケジュールに入れる意識をすることや、
お子さんの場合は『おやつを食べたらピアノの時間』とか『聴かせて〜』というお声かけは大事ではありますが
練習ができていても、できていなくても、今のままでレッスンに来て、
そこから効率よく上達する道筋を、一緒に作ったら良いのですから。